はじめに
「社外取締役」「社外監査役」―。
ニュースや新聞で毎日のように目にするこれらの言葉。企業の不祥事が報じられるたびに、その重要性が叫ばれる「社外役員」とは、一体どのような役割を担う人たちなのでしょうか?
「とりあえず女性の弁護士や会計士を選任しておけばいい」「どうせお飾り」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、最近では社外役員の責任や役割が極めて重要視されるようになってきました。
社外役員は、上場企業のほか、IPO(株式新規上場)を目指す上では、今や不可欠です。
このシリーズでは、全6回にわたり、社外役員の基礎知識から、コーポレートガバナンスにおける具体的な役割、そして理想の社外役員像までを深掘りしていきます。
第1回となる今回は、「そもそも、なぜ社外役員が必要なのか?」という根本的なところから、株式会社の仕組みと歴史的背景から解き明かしていきます。
「所有と経営の分離」から始まった
社外役員の必要性を理解するための最初のキーワードは、株式会社の基本原則である「所有と経営の分離」です。
大学の法学部で、会社法を勉強したことがある方なら、一度は耳にしたことがあると思います。
日本には株主が1人の小さな株式会社が多くありますが、もともとは、株式会社とは多くの出資者(株主)から広く資金を集めて、大きな事業を行うための仕組みです。
しかし、出資者である株主全員が、経営の専門知識や能力を持っているわけではありません。
また、大勢の株主が直接経営に関与すると、意思決定が遅くなり、効率的な経営の妨げになります 。
そこで株式会社では、会社の「所有者」である株主と、経営を専門に行う「経営者」である取締役の役割を分けることにしました。
- 株主(所有者): 会社の所有者であり、株主総会を通じて会社の重要事項を決定したり、経営を行う取締役を選任したりする権限を持つ。
- 取締役(経営者): 株主から経営を委託された専門家。会社の業務執行や意思決定を担い、会社の利益を最大化する責任を負う 。
このように、株主は会社の経営を取締役という専門家に「委託」する形をとっています。
取締役は、会社に対して善管注意義務(善良な管理者として期待される注意を払う義務)や忠実義務(会社の利益のために行動する義務)を負い、株主の期待に応えることが求められます。
経営者の「暴走」を防ぐ仕組みの必要性
経営を専門家に任せる「所有と経営の分離」は、効率的な会社運営に不可欠です。
しかし、ここには一つ、大きなリスクが潜んでいます。それは、「経営者が必ずしも株主の利益のために行動するとは限らない」という問題です。
取締役は大きな権限を持っており、その裁量も広く認められています。
そのため、時として会社の利益よりも、自己の利益(高い報酬、保身、個人的な評判など)を優先してしまう可能性がゼロではありません。
というか、一昔前までは、売上の急拡大を狙ってリスクを取りすぎた等、自己の利益を優先している人の方が多かったような気もします。
「社長が会社を私物化している」といった批判をよく耳にしますよね。
このリスクに対応するため、会社法では取締役の権限を牽制し、監視するための機関(取締役会、監査役、監査役会など)を設けています。
これらの機関が、経営者が不正行為に走らないよう、また経営が公正かつ効率的に行われるようチェックする役割を担うのです。
なぜ「社外」からの目が必要なのか?
しかし、監視機関を設けても、まだ課題は残りました。
従来の日本の企業では、取締役や監査役の多くが、長年その会社で働いてきた従業員(プロパー社員)が昇進して就任するケースがほとんどでした。
考えてもみてください。
昨日まで社長の「部下」だった人物が、今日から取締役や監査役になったとして、果たして社長の経営判断に対して、独立した立場で「それはおかしい」「この点は再検討すべきだ」と厳しく指摘できるでしょうか?
長年の人間関係や社内の力学から、経営トップに対して忖度してしまい、本来果たすべき監督機能が形骸化してしまうのではないかという懸念が常にありました。
そこで高まってきたのが、「経営者と特別な利害関係のない、社外の独立した人材を取締役や監査役に選任すべきだ」という要請です。
これが、「社外役員」が求められるようになった根本的な理由なのです。
制度化への道のり:不祥事が変えた日本のガバナンス
日本で社外役員の導入が本格的に議論され、制度として確立されていくきっかけとなったのは、平成初期に起きた大きな社会問題でした。
| 年代 | 出来事・法改正 | 内容 |
| 平成3年 (1991年) | 証券会社による損失補填事件 | 大口顧客の株取引で生じた損失を証券会社が穴埋めしていたことが発覚し、社会問題に。企業の内部牽制の甘さが浮き彫りになった。 |
| 平成5年 (1993年) | 商法改正 | 上記事件を契機に、監査役会制度が導入。大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)では、1名以上の社外監査役を置くことが義務化された 。 |
| 平成13年 (2001年) | 商法改正 | 企業のガバナンス向上を目的とし、監査役会設置会社では監査役の半数以上を社外監査役とすることが義務付けられた。また、この時に社外取締役の規定が初めて設けられた。 |
| 平成17年 (2005年) | 会社法成立 | 平成13年の商法改正の内容が、新しく制定された会社法に引き継がれた。 |
このように、社外役員制度は、企業の不祥事を教訓としながら、経営の透明性・公正性を高めるために段階的に強化されてきた歴史があります。
当初は「守り」の側面が強い社外監査役の導入から始まり、徐々に経営の監督機能を担う社外取締役へとその重要性が拡大していきました。
まとめ
今回は、社外役員が必要とされるようになった背景について、「所有と経営の分離」という株式会社の基本構造と、内部の論理にとらわれない客観的な監督機能の必要性から解説しました。
社外役員は、もはや単なる「お飾り」ではなく、企業の健全な成長を支えるための重要な基盤となっています。
そして2010年代以降、この流れはさらに加速します。政府が主導する「コーポレートガバナンス改革」によって、社外役員の役割は飛躍的に高まっていくことになります。
・株式会社は「所有(株主)」と「経営(取締役)」が分離している
・経営を委託された取締役が、自己の利益を優先するリスクがあるため、監視機能が必要
・内部昇進者だけでは独立した監督が難しいため、「社外」の目が必要とされてきた
・不祥事をきっかけとした法改正により、社外役員制度は段階的に強化されてきた


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