はじめに
こんにちは。企業の成長を支える「社外役員」について解説するシリーズの第2回です。
前回の記事では、社外役員が必要とされるようになった歴史的背景として、株式会社の「所有と経営の分離」という仕組みや、過去の不祥事をきっかけとした法改正の流れを見てきました。
しかし、社外役員の重要性が本格的に高まり、多くの企業で導入が加速したのは、比較的最近の出来事です。
その大きな原動力となったのが、2013年頃から政府主導で進められてきた「コーポレートガバナンス改革」です。
今回は、なぜこの改革が必要だったのか、その背景にある日本の経済課題と、改革が目指した「企業の稼ぐ力」の向上という壮大な目標について、詳しく見ていきましょう。
失われた四半世紀 ― 改革前夜の日本経済
コーポレートガバナンス改革が叫ばれるようになった背景には、平成初期のバブル経済崩壊後、長きにわたって続いた日本の経済的な低迷があります 。
当時の日本は、以下のような深刻な「負のスパイラル」に陥っていました。
- 企業の投資抑制: 企業は賃金、設備投資、研究開発投資を極力抑えるようになりました 。
- 消費の冷え込み: 人々の所得は伸び悩み、少子高齢化への不安から消費マインドも低下しました 。
- デフレの加速: モノが売れないため物価が下がり、それがさらに企業の収益を圧迫するという悪循環が続きました 。
その結果、四半世紀以上もの間、日本企業の事業収益性や生産性は国際的に見て低い水準にとどまり、将来の企業価値を映す株価も低迷を続けました。
また、多くの企業が銀行からの借入(間接金融)に依存し、株主である投資家との対話が希薄だったことも、企業価値向上の妨げになっていたと指摘されています 。
政府の始動 ―「日本再興戦略」とガバナンス改革
この深刻な状況を打破し、日本経済を再生させるため、政府は2013年に「日本経済再生本部」を設置。同年6月、成長戦略として「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」を閣議決定しました 。
そして、この戦略の重要な柱の一つとして明確に位置づけられたのが、「コーポレートガバナンスの強化」だったのです 。
「日本再興戦略」では、具体的なアクションプランとして以下の項目が掲げられました。
【コーポレートガバナンスの強化】
* 攻めの会社経営を後押しすべく、社外取締役の機能を積極活用する。このため、会社法改正案を早期に国会に提出し、独立性の高い社外取締役の導入を促進するための措置を講ずるなど、少なくとも一人以上の社外取締役の確保に向けた取組を強化する 。
* 企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い範囲の機関投資家が企業との建設的な対話を行い、適切に受託者責任を果たすための原則について(中略)検討を進め、年内に取りまとめる 。 * 収益力の低い事業の長期放置を是正するため、企業における経営改善や事業再編を促すための施策について(中略)検討を加速する 。
* 国内の証券取引所に対し、上場基準における社外取締役の位置付けや、収益性や経営面での評価が高い銘柄のインデックスの設定など、コーポレートガバナンスの強化につながる取組を働きかける 。
ここでの重要なポイントは、ガバナンスの強化が、単なる「不祥事防止」のためだけでなく、「攻めの経営を後押しする」という目的のために掲げられたことです。
改革の真の狙い ―「稼ぐ力」の向上
なぜ、ガバナンスの強化が「攻めの経営」につながるのでしょうか。政府はその狙いを、翌2014年に改訂された「日本再興戦略」の中で、より明確に説明しています。
その趣旨を要約すると、以下のようになります。
- 現状認識: 日本企業の生産性は欧米に比べて低く、グローバルな市場で苦戦している。業績は回復しつつあるが、まだ十分ではない 。
- 課題: 企業の「稼ぐ力」、つまり中長期的な収益性・生産性を高める必要がある。そのためには、大胆な事業再編や新規事業への進出、海外展開などを促進しなければならない 。
- 処方箋: 企業の「稼ぐ力」を高めるには、コーポレートガバナンスの強化によって経営者のマインドを変革し、グローバル競争に打ち勝つ「攻めの経営判断」を後押しする仕組みを強化することが重要である 。
- 具体的な手段: そのための中心的な施策として、社外取締役の積極的な活用や投資家との対話が必要とされたのです 。
つまり、改革の最終目標は、内部留保を溜め込むばかりの守りの姿勢から脱却させ、企業が新規の設備投資や大胆な事業再編、M&Aなどに積極的に挑戦する「攻めの経営」へと転換させることで、日本企業全体の「稼ぐ力」を向上させることにありました 。
改革を具体化する施策の数々
この大きな方針のもと、コーポレートガバナンスを強化するための具体的な施策が、次々と実行に移されていきました。
- 2014年2月: 「責任ある機関投資家」の諸原則(日本版スチュワードシップ・コード)策定
- 2014年6月: 平成26年改正会社法の成立(社外取締役を置かない場合の説明義務化など)
- 2015年6月: コーポレートガバナンス・コードの施行(東京証券取引所)
- 2017年3月: コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針の策定(経済産業省)
- 2019年6月: グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針の策定(経済産業省)
- 2019年12月: 令和元年改正会社法の成立(上場会社等における社外取締役設置の義務化)
- 2020年7月: 社外取締役の在り方に関する実務指針の策定(経済産業省)
これらの施策が一体となって、日本のコーポレートガバナンスは大きく変貌を遂げていったのです。
まとめ
今回は、2013年から始まった「コーポレートガバナンス改革」が、日本の長期的な経済低迷を背景に、企業の「稼ぐ力」を取り戻すための国家的な成長戦略として推進されたことを解説しました。
この一連の改革の中で、最も中核的な役割を果たしたのが、2015年に導入された「コーポレートガバナンス・コード」です。
これは、上場企業が守るべき行動規範を示したものです。
バブル崩壊後の長期デフレと企業の収益性低迷が、改革の大きな背景にあった 。
政府は「日本再興戦略」の中で、コーポレートガバナンス改革を成長戦略の柱に据えた 。
改革の真の狙いは、「守り」から「攻め」の経営への転換を促し、企業の「稼ぐ力」を向上させることだった 。
そのための具体的な手段として「社外取締役の活用」や「投資家との対話」が重視され、様々な施策が実行された


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