はじめに
前回(第1回)のブログでは、東京証券取引所(東証)の設立から現在に至るまでの歴史と、プライム・スタンダード・グロースという3つの市場区分の概要について解説しました。
日本経済の心臓部として、時代と共に変革を続けてきた東証の姿をご理解いただけたかと思います。
さて、第2回となる今回は、その視野を国内外に広げ、東証を他の証券取引所と比較してみたいと思います。
世界に目を向ければ、ニューヨーク証券取引所(NYSE)やNasdaqといった巨人が存在し、国内に目を向ければ、名古屋、福岡、札幌にも地域経済を支える重要な取引所があります。
これらの取引所と比べることで、東証の規模感や特徴、そしてグローバルな資本市場における立ち位置がより明確になります。
世界の巨人たちとの対峙:東証 vs NYSE・Nasdaq
現在のグローバル経済において、企業の資金調達や投資家の資金運用は国境を越えて行われます。
東証もまた、世界の投資マネーを惹きつけるための熾烈な国際競争の真っ只中にいます。
ここでは、世界の資本市場をリードする米国の二大取引所、NYSEとNasdaqと比較してみましょう。
まずは、最も分かりやすい指標である「時価総額」で、その規模感を比較します。
【図表1】主要証券取引所の株式時価総額ランキング(2023年末時点)

出所:World Federation of Exchanges (WFE) のデータを基に作成。数値は概算。
このグラフが示す通り、世界の資本市場は米国の二大取引所が圧倒的な存在感を放っています。歴史と信頼性を誇るNYSEが世界一、そしてハイテク・IT企業の聖地であるNasdaqが二位に続きます。
我らが日本の取引所グループ(JPX/東証)は、中国の上海証券取引所、欧州を代表するユーロネクストに次いで、世界第5位に位置しています。
これは、アジアではトップクラスであり、世界的に見ても依然として主要なマーケットの一つであることを示しています。
しかし、かつて1980年代末に時価総額で世界一を誇った時代を知る者としては、現在の立ち位置に複雑な思いを抱くのも事実です。
規模だけでなく、各取引所の「個性」や「強み」を理解することも重要です。
【図表2】主要取引所の特徴比較
| 項目 | 東京証券取引所 (JPX/東証) | ニューヨーク証券取引所 (NYSE) | Nasdaq |
| 所在地 | 日本・東京 | 米国・ニューヨーク | 米国・ニューヨーク |
| 設立年 | 1878年 (前身) / 1949年 (現組織) | 1792年 | 1971年 |
| 時価総額 | 約6.3兆ドル (世界5位) | 約25.6兆ドル (世界1位) | 約22.4兆ドル (世界2位) |
| 上場企業数 | 約3,900社 | 約2,400社 | 約3,700社 |
| 主な株価指数 | TOPIX (東証株価指数) 日経平均株価 | ダウ工業株30種平均 S&P 500 | Nasdaq総合指数 Nasdaq 100 |
| 主な上場企業 | トヨタ、ソニー、三菱UFJ NTT、キーエンス | コカ・コーラ、P&G、J&J ウォルト・ディズニー | アップル、マイクロソフト アマゾン、NVIDIA |
| 特徴 | ・アジアを代表する総合市場 ・製造業など伝統的優良企業が多数 ・近年、市場改革を積極的に推進 | ・世界最大・最高峰の取引所 ・厳しい上場基準と高い信頼性 ・世界中のブルーチップ(優良株)が集結 | ・世界最大の新興企業向け市場 ・IT、ハイテク、バイオ企業中心 ・革新性と成長性の象徴 |
NYSEが、厳格な上場基準をクリアした世界中の優良企業が集まる「信頼と権威の象徴」だとすれば、Nasdaqは、マイクロソフトやアップル、アマゾンといった現代の巨人たちを育て上げた「成長と革新のインキュベーター(孵化器)」と言えるでしょう。
完全電子取引を世界で初めて導入したのもNasdaqであり、その先進性は今も健在です。
一方、東証は、世界に名だたる製造業をはじめ、金融、通信、商社など、日本の産業構造を反映した多種多様な優良企業が上場する「総合市場」としての強みがあります。
近年ではメルカリやSansanといった新しい世代の企業も存在感を増していますが、全体として見れば、まだ伝統的な大企業のウェイトが大きいのが特徴です。
私たちが公認会計士や弁護士として企業のIPO(新規株式公開)支援に携わる際、どの市場を目指すかはその企業の事業内容、成長ステージ、そして将来のグローバル戦略に大きく依存します。
最近は日本の企業でもNasdaq上場を目指す会社もありますが、通常は東証に上場することを目指すことになります。
国内の多様な資本市場:東証 vs 名古屋・福岡・札幌
さて、次に国内に目を転じてみましょう。
実は、日本の証券取引所は東証だけではありません。
名古屋、福岡、札幌にも、それぞれ地域経済に根差した重要な証券取引所が存在します。
これらは、日本取引所グループ(JPX)の傘下にある東証とは独立して運営されています。
これらの地方取引所の最大の役割は、地域企業の資金調達を支え、地方経済の活性化に貢献することです。
地元で確固たる基盤を持つ優良企業や、将来性豊かなベンチャー企業が株式を公開する道を提供しています。
という建前はありますが、全国どこにある会社でも東証に上場することは可能ですので、実際のところは、事情により東証に上場できない、上場しづらい会社が、主に上場している状況です。
なお、東証と地方の証券取引所に重複して上場している会社もあります。
【図表3】国内証券取引所の比較(2024年5月末時点の概算)
| 取引所名 | 東京証券取引所 (TSE) | 名古屋証券取引所 (NSE) | 福岡証券取引所 (FSE) | 札幌証券取引所 (SSE) |
| 所在地 | 東京都 | 愛知県名古屋市 | 福岡県福岡市 | 北海道札幌市 |
| 上場会社数 | 約3,900社 | 約260社 | 約110社 | 約60社 |
| 市場区分 | プライム スタンダード グロース | プレミア メイン ネクスト | 本則市場 Q-Board(新興) | 本則市場 アンビシャス(新興) |
| 特徴 | ・日本の資本市場の中核 ・国内外の多様な企業が上場 | ・中部経済圏の企業が中心 ・トヨタ系など特色ある企業群 ・東証との重複上場も多い | ・九州の地元密着型企業が中心 ・アジアへの地理的近接性 ・Q-Boardに活気 | ・北海道の地域経済を支える ・地元色の強い企業が多い ・アンビシャスで新興企業を育成 |
名古屋証券取引所(名証)は、世界的な自動車産業クラスターを擁する中部経済圏を背景に、独自の存在感を放っています。東証にも上場している企業が多いですが、名証だけに単独上場している地元優良企業もあります。
福岡証券取引所(福証)と札幌証券取引所(札証)も同様に、それぞれ九州、北海道の企業の重要な資金調達の場となっています。特に、福証の「Q-Board」や札証の「アンビシャス」といった新興企業向け市場は、地元のベンチャー企業にとって、全国区の東証グロース市場へのステップアップも視野に入れた、重要な登竜門となっています。
専門家視点での考察:グローバル競争と東証の課題
ここまで国内外の取引所と比較してきましたが、最後に公認会計士・弁護士としての視点から、東証が直面する課題と今後の展望について考察します。
国際比較から見えてくる最大の課題は、やはり「グローバルな投資マネーの獲得競争」です。
世界中の投資家は、より高いリターンを求めて、国や市場の垣根を越えて最適な投資先を探しています。
その中で、東証が「選ばれる市場」であり続けるためには、上場企業の価値をいかに高めていくかが問われます。
この文脈で登場したのが、近年、東証が強力に推進している「PBR1倍割れ問題」への対応です。
PBR(株価純資産倍率)とは、株価が1株当たり純資産の何倍かを示す指標で、これが1倍を割るということは、市場がその企業の価値を「解散価値(会社を清算して資産を分配した方がマシ)」以下と評価していることを意味します。
海外の主要市場と比較して、日本企業にはこのPBR1倍割れ企業が多いことが長らく問題視されてきました。
これは、日本企業が稼いだ利益を内部に溜め込み、株主還元や成長投資に十分に活かしてこなかった「資本効率の低さ」の表れと指摘されています。
そこで東証は、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を上場企業に要請する、という異例の措置に踏み切りました。
これは、単なるお願いではなく、実質的に企業統治(コーポレートガバナンス)の改革を迫るものです。
この動きは、まさに第1回で触れた市場再編と、次回詳しく解説するコーポレートガバナンス・コードの制定と密接に連動しています。
つまり、「市場の形」を整え(市場再編)、「上場企業の意識と行動」を変革させる(ガバナンス改革)ことで、日本市場全体の魅力を高め、海外のNYSEやNasdaqと伍して戦えるだけの競争力を取り戻そう、という戦略なのです。
まとめ
今回は、東証を世界の巨大市場や国内の他市場と比較することで、現在地を多角的に分析しました。
東証は、世界有数の規模を誇るアジアのトップマーケットである一方、さらなる高みを目指すための変革の途上にある、という姿が浮かび上がってきたのではないでしょうか。
グローバルな視点では、資本効率の改善と企業価値の向上という大きな課題に直面し、国内の視点では、地域経済を支える地方取引所との連携・共存という役割も担っています。
東証上場企業の時価総額合計は約6.3兆ドルで、世界5位
NYSE(時価総額25.6兆ドル)、Nasdaq(時価総額22.4兆ドル)とアメリカが世界1位、2位
東証以外に、国内には名証、札証、福証があるが、いずれも規模は小さい

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