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東京証券取引所(最終回):改革の核心!ガバナンスコードと市場再編が拓く未来

会計

はじめに

3回にわたりお送りしてきた東京証券取引所(東証)の徹底解説シリーズも、いよいよ最終回を迎えました。

第1回ではその壮大な「歴史と概要」を、第2回では世界のライバルや国内の仲間たちとの「比較分析」を通じて、東証の姿を多角的に捉えてきました。

最終回となる今回のテーマは、近年の東証改革のまさに核心部分である「コーポレートガバナンス・コード」「市場区分の再編」です。

これらは単なる個別の制度変更ではありません。日本企業の「稼ぐ力」を本質的に変え、日本市場全体の魅力を高めるための、相互に連動した壮大なプロジェクトなのです。

なぜ今、日本企業に「ガバナンス」が求められるのか。

2022年に行われた市場再編の真の狙いは何だったのか。そして、この一連の改革は、私たち投資家や日本経済にどのような未来をもたらすのでしょうか。会計と法律の専門家として、その深層を紐解いていきたいと思います。

日本企業の「体質改善」を促す処方箋 – コーポレートガバナンス・コード

「コーポレートガバナンス」という言葉をニュースで頻繁に耳にするようになりましたが、これは日本語で「企業統治」と訳されます。

簡単に言えば、「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」のことです。

この仕組みを具体化するための原則を定めたものが、2015年に東証と金融庁が策定した「コーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)」です。

なぜCGコードが必要だったのか?

その背景には、バブル崩壊後の「失われた20年」とも呼ばれる長期の経済停滞がありました。多くの日本企業は、過去の成功体験から抜け出せず、海外投資家からは「現金ばかり溜め込んで成長投資をしない」「経営陣の身内びいきで取締役会が機能していない」といった厳しい評価を受けていました。結果として、第2回で触れたPBR(株価純資産倍率)が1倍を割り込む企業が続出し、日本市場全体の魅力が低下していたのです。

この状況を打破し、日本企業の持続的な成長と国際競争力の回復を促すため、いわば「企業体質の改善を促す処方箋」としてCGコードが導入されました。

CGコードの制定は、安倍内閣が2014年度から開始した「日本再興戦略」の一環として、なされたのです。

CGコードの核心:「Comply or Explain」

CGコードの最大の特徴は、会社法等の法令のようにルールを押し付ける「ルールベース」ではなく、大局的な原則(プリンシプル)を示し、具体的な対応は各社に委ねる「プリンシプルベース・アプローチ」を採用している点です。

そして、その実効性を担保するのが「Comply or Explain(コンプライ・オア・エクスプレイン)」という原則です。

これは、「コードの各原則を実施(Comply)するか、実施しないのであれば、その理由を説明(Explain)しなさい」というものです。

弁護士の視点から見ても、これは非常に巧みな仕組みです。

実施しない理由を合理的に説明できなければ、株主や投資家から「なぜあの会社は当たり前のガバナンスができていないのか?」と厳しい目を向けられることになります。

これにより、企業は自主的にガバナンス向上に取り組むインセンティブが働くのです。

【図表1】コーポレートガバナンス・コードの主な改訂とポイント

改訂年主な改訂ポイント狙い・背景
2015年制定
・独立社外取締役を2名以上選任
ガバナンス改革の第一歩。取締役会の監督機能の強化。
2018年・政策保有株式の縮減に関する方針の開示
・CEOの選解任における客観性・透明性の確保
企業間の「株式持ち合い」という日本的慣行の見直し。経営トップの人事の公正化。
2021年・プライム市場上場企業に独立社外取締役1/3以上を要求
・取締役会のスキル・マトリックスの開示
・サステナビリティ(ESG)課題への取組み開示
市場再編との連動。取締役会の多様性と専門性の確保。気候変動など非財務情報の重要性の高まり。

CGコードは、上場企業、特にグローバルな投資家の投資対象となるプライム市場の企業に対し、

取締役会の監督機能強化(独立社外取締役の増員)、
経営の透明性確保(政策保有株の縮減、役員報酬の決定プロセス開示)、
多様性の確保(スキル・マトリックスや女性・外国人役員登用)、などを求めています。

ガバナンス改革と一体の「器」の改革 – 市場再編の真の狙い

CGコードという「ソフト(ルール)」の改革と両輪で進められたのが、2022年4月の市場再編という「ハード(器)」の改革です。

第1回で解説した通り、東証は旧来の市場第一部、第二部、マザーズ、JASDAQを「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編しました。

この再編の最大の狙いは、CGコードで進めるガバナンス改革を、より実効性のあるものにすることでした。

かつての「東証一部」は、一度上場すると比較的容易に残留できたため、必ずしも企業価値向上に熱心でない企業も多く含まれ、「日本のトップ企業群」というブランドが形骸化していました。

新陳代謝が起こりにくく、市場全体の魅力向上を妨げる一因となっていたのです。

市場再編は、この状況にメスを入れ、特にプライム市場には、グローバルな投資家が求める高い流動性基準に加え、CGコードの全原則を適用するなど、より高いガバナンス水準を要求したのです。

つまり、「世界基準のガバナンスを実践し、グローバル投資家と建設的な対話ができる企業こそがプライム市場にふさわしい」という明確なメッセージを発信したのです。

これにより、企業側には「プライム市場に残留・昇格するためには、ガバナンスを強化しなければならない」という強い動機付けが生まれました。

さらに、2023年に東証が打ち出した**「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応要請」**は、この流れを決定づける一手でした。これは、PBR1倍割れの企業などに対して、改善に向けた方針や目標、具体的な取り組みを開示するよう強く求めるものです。公認会計士の視点で見れば、これはROE(自己資本利益率)の向上を強く意識し、事業ポートフォリオの見直し、成長分野への投資、株主還元(増配や自社株買い)といった具体的なアクションを企業に迫るものです。

CGコードでルールを作り、市場再編で器を整え、最後のダメ押しとして具体的な行動変容を促す。この三位一体の改革こそが、日本市場を本質的に変えようとする東証の強い意志の表れなのです。

改革の成果と日本企業の未来

では、この一連の改革は、どのような成果を生み出しているのでしょうか。

【図表2】東証プライム上場企業における独立社外取締役比率の推移

出所:東京証券取引所「東証上場会社コーポレート・ガバナンス白書2025

グラフが示す通り、取締役会の3分の1以上を独立社外取締役が占める企業の割合は、CGコード導入以降、劇的に増加しました。

これは、経営の監督機能が「形式」だけでなく、徐々に「実質」を伴ってきた証左と言えます。

他にも、

  • 株主還元の強化: 2023年度の国内上場企業の自社株買い設定額、配当総額ともに過去最高水準に達しました。
  • 企業と投資家の対話の深化: 企業側がIR(インベスター・リレーションズ)活動を活発化させ、投資家からの要求に真摯に耳を傾ける姿勢が広がっています。
  • 株価への好影響: これらの変化が海外投資家にも再評価され、2024年に日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新する大きな原動力の一つとなりました。

もちろん、課題はまだ山積しています。

  • ガバナンスの実効性: 取締役会が単なる「お飾り」ではなく、本当に経営陣に対して厳しい監督や助言を行えているか、その「実効性」が常に問われます。
  • サステナビリティ開示への対応: 気候変動関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言や、人的資本に関する情報開示など、グローバルで要求される非財務情報の開示基準はますます高度化しており、日本企業の対応はまだ道半ばです。
  • スタートアップ育成: グロース市場が、米国のNasdaqのように、次世代の日本を牽引する革新的な巨大企業を継続的に生み出すエコシステムとなれるか、その真価が問われています。

まとめ

3回にわたる本シリーズを通じて、東京証券取引所が単なる株式の売買の場ではなく、歴史の荒波を乗り越え、絶えず自己変革を続ける「日本経済の未来を形作るプラットフォーム」であることをお伝えしてきました。

明治期に産声を上げ、戦後の復興を支え、バブルとその崩壊を経験し、そして今、グローバルな競争に打ち勝つために、自らと上場企業に厳しい改革を課しています。

コーポレートガバナンス・コードと市場再編は、その改革の核心であり、日本企業が再び世界のメインステージで輝くための、力強い羅針盤となるはずです。

日本企業の体質改善を図るため、CGコードが策定された

CGコードは法令ではないので必ずしも順守しなければならないわけではない

ただ、順守しない場合はその理由を説明しなければならない

特にプライム市場は、社外取締役の人数の増加等、大幅なガバナンスの向上が図られている

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