はじめに
こんにちは。「社外役員」をテーマにお届けするシリーズの第5回です。
前回の記事では、企業が成長するための「攻めのガバナンス」とは何か、そしてそれを支える上で社外役員がいかに重要な役割を担うかを解説しました。
企業の中長期的な成長を考えるとき、もはや売上や利益といった財務情報だけを見ていては、その企業の本質的な価値を見極めることはできません。
今回は、現代の企業価値を測る新しいモノサシである「ESG」や「非財務情報」の重要性、そして、知っているようで意外と知らない「社外役員」と「独立役員」の定義の違いについて、詳しく見ていきましょう。
新しい企業価値のモノサシ「ESG」とは?
皆さんもよく耳にしているかと思いますが、近年、企業の持続的な成長(サステナビリティ)を考える上で、ESGという3つの視点が世界的に重要視されています。
- E (Environment/環境): 気候変動対策、省エネルギー、廃棄物削減など、企業が環境問題にどう取り組んでいるかという視点です。
- S (Society/社会): 従業員の働きがい、人権への配慮、顧客満足、地域社会への貢献など、多様なステークホルダーとどのような関係を築いているかという視点です。
- G (Governance/統治): まさにこのシリーズで扱ってきたテーマです。透明・公正な意思決定の仕組みを築き、企業価値向上のための態勢を整えているかという視点を指します。
CGコードでも、これらの課題への対応を明確に求めています。
「上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである」
企業の持続的な成長のためには、ESGへの取り組みが不可欠であるという考え方が、スタンダードとなっているのです。
なぜ「非財務情報」の開示が重要なのか?
ESGのような情報は、貸借対照表や損益計算書といった財務諸表には直接表れてきません。こうした経営理念や経営戦略、ESGへの取り組みといった、財務情報以外の企業情報を「非財務情報」と呼びます。
この非財務情報が重要視されるようになった背景には、投資家の変化があります。
2006年に国連が提唱した「責任投資原則(PRI)」をきっかけに、世界中の機関投資家が、投資判断のプロセスにESGの視点を組み込むようになりました。
彼らは、企業の短期的な業績だけでなく、非財務情報から読み取れる「中長期的な企業価値」や「持続可能性」を評価して投資先を選ぶようになっています。
日本においても、企業のガバナンスを促す「コーポレートガバナンス・コード」と、機関投資家が企業との対話を通じて企業価値向上を促す「スチュワードシップ・コード」は「車の両輪」とされています。
この両者がうまく機能するためには、企業と投資家との間で建設的な対話が不可欠であり、その対話の土台となるのが、充実した非財務情報なのです。
なお、
市場の変化とガバナンスへの高まる要求
こうした流れを受け、日本の株式市場も大きく変化しました。
2022年4月、東京証券取引所は市場区分を「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つに再編しました。
| 新市場区分 | コンセプト |
|---|---|
| プライム市場 | 多くの機関投資家の投資対象となりうる規模の時価総額を持ち、より高いガバナンス水準を備え、投資家との建設的な対話を中心に据えて持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向け。 |
| スタンダード市場 | 上場企業としての基本的なガバナンス水準を備えつつ、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上にコミットする企業向け。 |
| グロース市場 | 高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向け。 |
特に注目すべきは、日本のリーディングカンパニーが集う「プライム市場」において、「より高いガバナンス水準」が明確に求められている点です。
これに合わせてCGコードも改訂され、例えばプライム市場の上場企業に対しては、独立社外取締役を「3分の1以上」選任するよう求めるなど、ガバナンスに対する要求水準、社外役員への期待はますます高まっています。
「社外役員」と「独立役員」はどう違う?
ここで、これまで何度も登場してきた「社外役員」という言葉の定義を、よく似た「独立役員」という言葉と比較しながら正確に理解しておきましょう。
この二つは、根拠となるルールと、求められる独立性のレベルが異なります。
① 社外役員(会社法上の定義) 「社外役員」は、会社法で定められた役員の区分です。その主な要件は、会社の内部の人間ではないことを示す形式的な基準に基づいています。
- その会社や子会社の業務執行取締役(社長や事業部長など)ではないこと。
- 就任前の10年間、その会社や子会社の業務執行取締役でなかったこと。
- その会社の親会社の役員や従業員ではないこと。
- その会社の役員などの配偶者や二親等内の親族ではないこと。
② 独立役員(東京証券取引所のルール上の定義) 一方、「独立役員」は、東京証券取引所が定める上場規程に基づく概念です。 その定義は、「一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役又は社外監査役」とされています。
つまり、「独立役員」であるためには、まず会社法上の「社外役員」であることが前提となります。その上で、さらに「一般株主の利益を損なうことのない、実質的な独立性」が求められるのです。
東証は、この実質的な独立性がないと判断されるケースを具体的に示しています。例えば、以下のような人物は独立役員にはなれません。
- その会社を主要な取引先とする者や、その会社の主要な取引先である者。
- その会社から役員報酬以外に多額の金銭を得ているコンサルタントや専門家。
- これらの近親者など。
簡単に言えば、「独立役員」は、「社外役員」の中でも、より厳格な独立性基準をクリアした、特に中立性の高い役員ということになります。
上場企業は、この独立役員を1名以上確保することが義務付けられています。
まあ、実務上多くの人は、使い分けを意識することなく、独立役員である社外役員、という意味で「社外役員」という単語を用いていますけどね。
まとめ
企業の持続的成長には、ESGへの取り組みと、それを伝える非財務情報の開示が不可欠
東証は「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つ市場区分に再編成された
プライム市場ではより高いレベルのガバナンス(独立社外取締役が3文の1以上等)が必要
「社外役員」は会社法上の形式的な定義
「独立役員」は「社外役員」に加えて東証が定める実質的な独立性基準を満たした役員
さて、ここまで5回にわたり、社外役員が必要とされる背景から、ガバナンス改革の潮流、そして関連する重要なキーワードまでを学んできました。
次回はいよいよ最終回です。最後までぜひお付き合いください。

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